声の大きい独り言

主にエッセー書いてます。現在何をしているのかはまた後ほど紹介します

ボランティア活動をする理由

東日本大震災

 学生時代はボランティア活動に多くの時間を割いていた。

 中学の卒業式の日に東日本大震災が発生した。テレビの画面では悲惨な状況が流れているのにも関わらず、私自身は普段通りの生活を送れている事に安堵と違和感が入り混じった感情を抱いていた。

 しかし高校3年間は被災地の為に何かをする訳でもなく卒業。大学に入学し偶然存在を知り、東日本大震災の被災地ボランティアを行う学生団体に入った。

 私が初めて東北に行ったのは震災から3年後だったが荒れ果てたままの地、時が止まっているかのような街を目の当たりにして言葉が出なかった。

 そして同時に復興に向けて戦っている人達の姿を見て、私自身が生きる勇気や希望を貰った。

インドシナ難民3世と呼ばれる子供達

 インドシナにルーツを持つ子供達に勉強を教えていたりもしていた。

 経済的に苦しい状況にあったり日本語も儘ならない子もいた。そんな子達に顔を覚えられ、名前を覚えられ、久しぶりに行くと笑顔で「久しぶり!」と歓迎してくれる。

 この活動でも私が子供達に元気を貰った。

自己肯定感の補填 

 もちろんボランティア活動に時給は発生しない。遊ぶ時間を割いてまでこのようなボランティア活動に学生時代は尽力していた。なぜこんなにしていたのか。今になって真剣に考え、そして1つの答えを導き出した。

 

自己肯定感の補填である。

 

 私は苦しんでいる人や困っている人の気持ちに寄り添う心という標準装置が人より備わっているようだ。そして自分にできる事を見つけると行動に移す事ができる。

 しかしそれは優しいからではない。いわゆる「良い事」をして周囲の人間から「偉いね」「すごいね」「ありがとう」という言葉を貰い、「良い事」をしている自分を好きになる為にしていた。

 圧倒的に自己肯定感が低かったのだ。

  自己肯定感が低い人の特徴の一つとして幼い頃から褒められる、つまり認められる経験が少ないという事が挙げられる。(その一つの原因が母子家庭で育ってきたというのがあるのだろうか。母子家庭で育ってきた事に関して色々と思う事はまた後日書きたいと思っています。)

没頭

 全員の自己肯定感が満たされているとは思わない。しかし満たされていなくても気にならない人が居るのだ。それは何かに没頭している人である。勉学や仕事、趣味などに没頭できる人は自己肯定感なんて気にしない。気にしたところで満たされている。

 

私はボランティア活動に没頭していました。

不機嫌というしくじり

ニートベビーシッター

 離職中のとある約1ヶ月間は姪っ子のベビーシッターをしていた。ベビーシッターと言っても主に沐浴の準備や姪っ子が泣き出したら抱っこしてあげるなど、育児休暇に入った姉のお世話役である。

  当時の私は無職ではあったが、現状に焦りを覚え始めており再就職の準備など始めていた。そのため何か母や姉から手伝って欲しいと言われ自分の時間を搾取される時は、露骨に不機嫌になってしまっていた事があった。そんな自分が原因で家の雰囲気が悪くなってしまっているのも自覚はしていたが、自分の事で精一杯だったので謝りもせず不機嫌な自分を貫いていた。

病院の送り迎え

 そんなある日、姪っ子の1ヶ月検診のため姉と姪っ子を産婦人科まで連れて行く事をお願いされた。かなりの時間を奪われるため気は進まなかったが、うじうじと文句を言われるのも嫌だったので了承した。

 夕方の4時に病院に到着。1時間くらいで終わるだろうと勝手に見込んでいた。病院から車で5分ほどの本屋に行き適当に時間を潰し時計を確認すると1時間くらい経過していた。そろそろだろうと思い再び車を走らせ病院の駐車場に戻るもまだ検診は終わってないようだった。

「こっちは行ってやってるのに待たされている」という被害者意識を抱えながら車の中でカーナビのテレビを見ながら時間を過ごしていた。

しくじり

 約1時間ほど待っただろうか。ようやく姉から終わったという連絡があった。駐車場にいると返信をしその数分後に姉と姪っ子の姿が見えた。やっと帰れると思いエンジンをかけようとブレーキを踏みボタンを押すもエンジンはかからず、代わりに「キュルキュルキュルキュル」という音がかすかに響いた。もう一度試みるもエンジンはかからない。

 姉にエンジンがかからない事を伝えると癇癪を起こしたかのように騒いだ。そりゃそうだ生後1ヵ月の姪っ子に何かあれば大変である。私は姪っ子を抱っこして姉が色々と連絡をしてくれた。おかげさまで30分もしないうちに保険屋の方が来て下さった。

 手際よく車を見てくれる保険屋の方に私は「最低でも30分以上はエンジンを切ってテレビを見ていたんですけど」と伝えると、「いやいやバッテリーが古かったから、たまたまこのタイミングでバッテリーが上がっちゃっただけだよ」と言って頂いたものの自身に対する情けなさは拭われなかった。そしてジャンピングスタートをして頂いてエンジンはかかるようになり、ひとまず無事に家まで帰る事ができた。

 家に到着して母からの叱責を素直に受け止め、後日バッテリー交換をしてもらった。

 表面化

しくじり先生」という番組をよく見ていて、最近再びレギュラー放送がスタートした。しくじりを経験した有名人が教壇に立ち、しくじりを基に人生の教訓を伝えるという番組なのだが、私はある共通点を感じていた。

 それはしくじりをした人というのはその瞬間にしくじってしまったのではなく、ある一定期間ちやほやされて調子に乗ったり、努力を怠たるなどのしくじりを犯してしまっており、たまたまある時にしくじりが目に見える形になって表れたという事である。

 今回の私の件に関しても一定期間不機嫌な自分を貫き家族の雰囲気を悪くしてしまうというしくじりを犯し、車のバッテリーをあげてしまい色んな人に迷惑をかけてしまうという目に見える形で表れたのだ。

おわり

 迷惑をかけない為にもしくじらないに越したことはないが、しくじりからしか学べない事も多いですよね。ひとまず私は不機嫌にならないように心掛けます。今回の件で救いだったのが家に帰るまでの間、姪っ子が大人しく眠っていてくれていた事です。大きくなったらたくさんお小遣いをあげようと思います。